BONBON家の不動産投資の歴史

三代目ボンボン大家のBONBONです。よろしくお願いいたします。

BONBONというのは、本名じゃなくて、匿名のペンネームです。

自己紹介がてら、三代目の私BONBONに至るまでの我が家の歴史を、軽くご紹介したいと思います。

うちは、戦前は、醤油樽だとか、桶だとか、そういうのを作っている工場だったそうで、けっこう繁盛していたそうです。

職人さんが何人もいて、うちの父親は「ぼん」と呼ばれておったそうな。

不動産投資を始めたのは戦時中

ところが太平洋戦争が始まりまして、商売不振に。

そんなご時世の昭和18年、つまり終戦の2年前に、うちの大おばあさまが、商売でためていたお金で、土地をあっちこっち買って家を建てまくったそうなんです。

主に長屋住宅ですね。

これが、うちの不動産投資の始まりです。

二代目は戦死

大おばあさまの息子、つまり私の祖父は、兵隊に行って、南の島で戦死。

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嫁である祖母と、祖父の姉が、不動産を管理することになりました。

わが町は激しい空襲がありまして、桶工場は焼夷弾の爆撃で全滅してしまい、廃業となりましたが、分散して建てた木造長屋は、けっこう残りました。

戦後 土地は没収

土地は、GHQの政策で、ずいぶん没収されたみたいですが、女系家族がなんとか暮らしていけるだけの不動産は残ったのであります。

それから、私の父は成人して、教員に。その嫁である私の母が、主に不動産管理をするようになります。

箱入り娘で不動産の右も左もわからなくて泣いて過ごしていたという母ですが、先代が亡くなってからはメキメキと頭角を現し、アグレッシブに不動産投資に走ります。

もともとあるのは戦時中に建てられた木造長屋ですが、母は、鉄筋コンクリートが好きで、中古マンションの区分所有や、テナントビルをどんどん買っていきました。

このあたりの一つ一つのエピソードはまたいずれ。

と、ここまで書いて、ちょっとまて。

母が三代目になるんじゃないか? という気がしてきたのですけど、大おばあさまと、祖母は、わりと時期がダブっているような気もするので、まあ、私が三代目ということにしときます。

三代目といったほうが、なんだか響きもいいですし。

家業が救ってくれました

実は私は、地味でおもしろみのない大家業はまっぴらごめん、と思っておりました。

幼少の頃、母の自転車の後ろに乗せられて、毎月毎月、家賃の集金に回った記憶がおぼろげながらあります。世界に羽ばたくつもりだった私は、土地に縛られる商売なんぞ、やりたいと思いませんでした。

で、就職した後、自分で介護事業を始めたりするんですが、いろいろありまして、10年やって解散。

借金大魔王になってしまいまして、世界に羽ばたくどころじゃなくなってしまいました。

結局は、実家の商売に助けられたんですね。

ただいま不動産経営の修行中

そのころはちょうど、相続のことも考えないといけないというアドバイスをもらいまして、私の作った借金の債務整理と、相続対策を同時いっぺんにやってしまうという、荒業に出たのでした。

これ、並の税理士さんじゃできません。この辺りのお話も、またいずれ。

現在、三代目の私が、家業である不動産経営の経理やら、賃貸や売買の契約やら、実務に関わるようになってきておりますが、工務店との交渉や、物件の目利きなどは、まだまだ母親には勝てません。

特に物件の良し悪しは、長年の不動産投資経験による勘みたいなものが母にはありまして、シミュレーションの電卓をポンカラキンと叩いているだけの私とは、まるきり見るところが違うようです。

その辺りのノウハウというか、マインドセットも学んでいるところであります。

このブログは、断片的な知識を小出しにしていく形になっていくと思いますが、現在進行形の不動産投資のやりとりなども、紹介して参る所存です。

よろしくお願いいたします。