マンション建替えは、金銭的な面から判断すれば、区分所有者にとって、お得なのです。
これは前理事長の若き司法書士が、声高らかに主張しておりました。
中古物件として売れば二束三文だったのが、新築に生まれ変わる優良物件の価値を持つのです。
理事長本人は、物件を増やしたりして、儲けに行っておりました。
しかし、人の価値観はお金だけではありません。
余命いくばくもないだろうと考えているお年寄りは、札束をぶら下げられても魅力を感じないのです。
建替えにメリットを感じないのです。
そんな人たちが多いのです。このマンション。
そこを一人一人、建替えに賛成してもらえるように交渉していくんですね。
昭和の昔なら、恐怖の地上げ屋が強引な手法で立ち退かせたかもしれませんが、そんな時代ではありません。
丁寧にひとりひとり合意してもらう必要があります。本人がメリットに感じないことに賛成してもらうって、至難の業ですなあ。
この役に当たるのは、JVの皆様でして、お金の相談とか、引っ越しの相談とか、相続の相談とか、分業されていました。
5社による共同体がJVですけど、それぞれの会社には特色があります。
日頃、注文住宅や建売住宅を手掛けているA社は、お客様の気持ちに寄り添うのが得意ですが、国家規模の案件を扱っているM社の人って、そのあたり苦手のようで、何か口を開けば住民を怒らせる、みたいなかんじでした。
担当者は悪い人ではないのですが、わあ、もうしゃべらんといて! と内心思っておりました。
そんなこんなで5分の4の合意形成を作っていきます。
全体での説明会、棟ごとの会議、など、このころ委員長である私は毎日、出席しておりました。会社に出勤している気分ですね。
私の役割は、最後に喋ることです。
棟の会議は、だいたい夜7時ごろから始まり、全員に好きなように意見を述べてもらいます。建て替え事業の本質を全然理解してなかったり、勘違いしたまま怒鳴り散らす人もいるし、自分本位の我儘を押し通す人もおられますが、深夜になろうと、出し尽くされるまで吐き出してもらいます。
説明は、コンサルタントやJVの人がします。
私は最後の最後で「思いやりが大切です」という挨拶で締めます。
ここに行きつくまで、試行錯誤がありましたが、燃え上がって燃え尽きて頭クラクラになっているところでは、この言葉が効くと発見しました。
いかに我儘が強くとも、いきつくところ他者への思いやりが大切だよなあーと気分になるのです。日本人って。
(中国人のオーナーには、どうやら通じなかった模様)
建替え決議の臨時総会の日は予定されていましたが、想定以上に合意形成に時間がかかり、当初の予定は延期となりました。
可決の見込みが薄いから延期って、ゴールポストを動かしているようで、いかがなものかなという気がしないこともありませんが、確実に決めねばなりません。
否決されたからもう一回やり直しって、できないのです。少なくとも5年はできないでしょう。5年も遅らせたら、大規模修繕の機会も逃して、もっとボロボロです。
大阪一体化構想の住民投票は、5年後に2回目をやって否決されましたけど。
で、当初の予定より何か月か遅れましたが、ほぼ5分の4の合意は見込まれる、棟ごとの合意もほぼ見込まれる、1棟だけちょっと不安が残るが、これ以上の説得は無理、というところまでこぎつけ、決議の日を迎えることになりました。